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『歴史評論』編集長つぶやきブログ(編集後記より)

                                                                                                                                                                                        お気軽にご意見・ご感想をお寄せください。

『歴史評論』798号に寄せて

 参議院議員選挙、東京都知事選挙と、7月は選挙が続きました。8月に入ると、リオデジャネイロ・オリンピックや高校野球の報道で、新聞やテレビは塗りつぶされた印象ですが、いくつか見逃せない出来事もありました。

 その一つが、生前退位に関する、天皇のビデオメッセージが公表されたことでした。天皇の譲位を巡っては様々な考えがあると思いますが、少なくとも現天皇の譲位については、報道される世論調査の結果などを見る限り、多くの国民が是と判断しているようです。政府がどのような対応をするかはまだ明確にはなっていないようですが、譲位を可能にするためには皇室典範の改正が必要ですから、議論の進め方如何によっては、女性天皇の容認も含め激しい議論が国会の内外で闘わされることになりそうです。

 インターネット上には、今回の天皇の意志表明は、安倍政権の改憲への動きに対する、文字どおりの「進退を賭けた」「抵抗」ではないかとの観測もあるようです。その是非はともかく、特定の家系に生を受けた方々に、その意志に関わらず、国制上の重責を自動的に負わせる君主制という仕組みそのものも、この機会に再考されるべきなのではないでしょうか。
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『歴史評論』797号に寄せて

 7月10日に投開票された参議院議員選挙の結果、改憲を是とする勢力が、参議院の三分の二を超えてしまいました。憲法公布70周年を目前に、復古的な改憲草案を掲げる自民党を中心に、改憲発議が可能になったという事態は、深刻に受け止めねばならないでしょう。

 私が、初めて選挙権を行使したのは、消費税問題で自民党が大敗し参議院での単独過半数を失った1989年の参院選でした。しかし今回、自民党は参議院での単独過半数を回復してしまいました。あれから27年。89年夏の「熱気」がむなしく思い起こされます。約3年間の民主党政権があったとは言え、この間の日本は、一貫して「保守」(反動?)回帰にあり、現実化しつつある「改憲」もその延長上で考える必要があるように思えてなりません。

 いっぽう改憲を是認する各党の主張が一致している訳ではないので、今回の結果だけで一気に改憲発議まで進むかどうかは不透明とする論調も一部にはあるようですが、むしろ「加憲」などと嘯きながら、「緊急事態条項」を憲法に紛れ込ませようとしてくるかもしれません。こうした状況に歴史学の立場からどのように立ち向かえば良いのか。これまで以上に真剣に考えていく必要があるでしょう。

『歴史評論』796号によせて

 注目の参議院議員選挙は、6月22日に公示されました。この号が、皆様のお手元に届く頃には結果が出ていることでしょう。今回の選挙の最大の争点が憲法改正を発議できるだけの議席を政権与党とその同調者に与えるかどうかであることは自明で、当然ながらその結果は非常に気になるところです。

 しかしながら、安倍首相やその同調者たちは、「改憲」を正面から掲げない選挙戦術を採っており、また報道も、今回の選挙が選挙権の18歳以上への引き下げ後最初の国政選挙であることに偏っている感じがします。むしろこれからの社会を担う若い有権者に選択肢を提示するためにも、報道も含めてもっと憲法の問題が取りあげられるべきとの思いを禁じ得ません。

 イギリスのEU離脱が決まり、経済情勢も大きく変動し始めています。それが選挙結果にどう影響するかは分かりませんが、いずれにせよ、改憲が発議される状況を阻止できれば良いのですが、仮に、改憲勢力の議席数の合計が参議院の三分の二以上に達するような事態になれば、私たちの運動の進め方もこれまでと異なったものとならざるを得ないでしょう。そうならないことを祈りつつ、7月10日の投開票日を待っているところです。

『歴史評論』796号によせて

 注目の参議院議員選挙は、6月22日に公示されました。この号が、皆様のお手元に届く頃には結果が出ていることでしょう。今回の選挙の最大の争点が憲法改正を発議できるだけの議席を政権与党とその同調者に与えるかどうかであることは自明で、当然ながらその結果は非常に気になるところです。

 しかしながら、安倍首相やその同調者たちは、「改憲」を正面から掲げない選挙戦術を採っており、また報道も、今回の選挙が選挙権の18歳以上への引き下げ後最初の国政選挙であることに偏っている感じがします。むしろこれからの社会を担う若い有権者に選択肢を提示するためにも、報道も含めてもっと憲法の問題が取りあげられるべきとの思いを禁じ得ません。

 イギリスのEU離脱が決まり、経済情勢も大きく変動し始めています。それが選挙結果にどう影響するかは分かりませんが、いずれにせよ、改憲が発議される状況を阻止できれば良いのですが、仮に、改憲勢力の議席数の合計が参議院の三分の二以上に達するような事態になれば、私たちの運動の進め方もこれまでと異なったものとならざるを得ないでしょう。そうならないことを祈りつつ、7月10日の投開票日を待っているところです。

『歴史評論』795号によせて

 間もなく公示される参院選は、一人区で進む野党間協力や、選挙権の18歳以上への引き下げなど、話題に事欠きませんが、安倍首相が目論んでいるとされる「衆参ダブル選挙」が実現するかどうかも気になるところです。

 個人的な思い出話になりますが、私自身が18歳だった30年前の1986年にも、衆参ダブル選挙が行われました。参議院の選挙が予定されていたところに、当時の中曽根首相が衆議院解散を強行し、ダブル選挙に持ち込んだのですが、結果はご承知のように自民党の圧勝でした。開票日と高校の期末試験の最終日が重なっていたのですが、試験が終わってなぜか出かけた体育教員室のテレビに自民党の圧勝を伝える番組が映っていて、次の日から返されるテストの結果と、その後の日本の将来とがオーバーラップして暗澹たる気持ちになったことを記憶しています。あれから30年。その「記憶」の故か、私には、あの選挙結果が、何らかの形で今日の政治情勢を齎した要因となっているように思えてなりません。

 いずれにしても7月の選挙は重要です。今度は歴史学の研究と教育に携わる一有権者として、あの時には果たしたくても果たせなかった意思表示をしたいと思っています。

『歴史評論』794号によせて

 私の勤務校でも、満開の桜に迎えられ、多くの新入生が入学してきました。例年この時期は、「卒業後は世界史の先生になりたいです」などと将来への意欲を語る一年生を前にするからか、こちらも若返った気分になるものです。

 そんな新学期に、熊本から地震のニュースが飛び込んできました。4月14日の夜の「前震」、16日未明の「本震」ばかりでなく、ひっきりなしに規模の大きい余震が続いています。この地震で命を落とされた方々に対し哀悼の意を表するとともに、怪我をされた方々をはじめ多くの被災者の方々に心からお見舞い申し上げます。 


 本号は、歴科協大会の報告特集号です。阿部報告は、東日本大震災以降の被災地における、文化財レスキューや歴史資料保全活動を扱ったものです。今回の地震の直後に本号が刊行されることに奇縁を感じます。一方、菅官房長官は、この地震が「奇貨」とでも言わんばかりに、憲法に「緊急事態条項」を新設すべしと発言しています。震災すら政治利用しようとする狡猾さには、唖然としますが、こうした言動への正当な批判は勿論、今回の震災への対応を含めて、社会における歴史学の果たすべき役割が何か、今また問われているような気がしています。

『歴史評論』793号によせて

 去る3月20日、昨年10月に逝去された犬丸義一さんを偲ぶ会が開催されました。西村汎子さんの「惜別の言葉」に始まった、縁のある方々からの犬丸さんの学問や運動への功績を讃えるお話は、あたかも、犬丸さんを軸とした戦後の史学史を伺っている趣きでもありました。歴科協や『歴史評論』の活動が、多くの先輩たちの努力のおかげで今日まで継続して来られたことを、改めて痛感したところです。

 本号は、石母田正さんの特集号を編みました。本誌と石母田さんの関わりは創刊時に遡ります。その経緯は、本誌318号(1976年10月号)に掲載されている座談会「『歴史評論』創刊のころ」を御覧ください。その座談会によれば、新たな歴史雑誌刊行の話が持ち上がった1945年の終わり頃から、雑誌の名称について幾つかの候補が出され、その時、石母田さんは『祖国戦線』という名称を考えられていたとのことです。紆余曲折を経て誌名は『歴史評論』に落ち着き、民主主義科学者協会歴史部会の機関誌として刊行されることになった訳ですが、当時『祖国戦線』という誌名に込めた石母田さんの情勢判断にも思いを馳せつつ、私自身は、本号の編集作業を進めてきた次第です。

『歴史評論』792号に寄せて

 3月を迎えました。卒業の季節です。卒業論文や修士論文の指導や審査を終え、一安心されている会員・読者の方も多かろうと思います。確かにやきもきさせられることも多いのですが、論文指導を通して、学生・大学院生とその成長の過程を共にできることは、教師としての喜びでもありましょう。

 来月になると、歴史を学ぼうと大学の門を敲く新入生がやって来ます。選挙権が18歳に引き下げられてから初めての入学の季節です。高等学校でどのように政治教育を進めるかが、新聞紙上などを賑わせていますが、大学で教育に携わる立場からも等閑視できない問題です。いわゆる「初年次教育」を担当されている会員・読者の方もいらっしゃると思います(かくいう私もその一人です)が、受験勉強から解放されたばかりの若者に、いかに政治や社会の問題に関心を抱かせるか、今まで以上に大切な課題となりそうです。

 さて、本誌45頁にも記載いたしましたが、来年4月の創立50周年を記念して、歴科協では様々な記念行事の企画と準備を進めています。それらの成功のために、会員・読者の皆様からの御助力がどうしても必要です。募金へのご協力も、是非よろしくお願いいたします。

『歴史評論』791号に寄せて

通常国会が始まっています。すでに安倍首相は、改憲の是非を今夏の参院選の争点にすることを明言しています。

 さすがに、いきなりの九条「改正」は難しいと判断しているのでしょう。20124月に自民党が発表した改正草案に盛り込まれている「緊急事態」条項を突破口にしたいようです。緊急事態が宣言されると、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定できるとのことですが、旧憲法での「緊急勅令」を彷彿とさせる内容です。万一この条項が創設されれば、「緊急事態」を口実に、時の内閣による専制政治が「合憲」化されてしまいかねません。

 18日の衆議院予算委員会では、新藤義孝元総務相が、「平成28年が明けました。伝統的な数え方で言えば皇紀2676年」と発言しています。自民党の改憲草案を見れば、天皇の元首化、国旗・国歌尊重の義務化、元号法制化などが謳われており、「建国記念の日」を是とするような価値観を国民に強要しているとしか読みようがありません。そうした考え方の人びとの改憲構想を現実のものにしないためにも、教育のあり方が今後いっそう重要なものになっていくことでしょう。今回の特集が、読者の皆さんの考えるヒントになれば幸いです。

『歴史評論』789号に寄せて

 20161月号をお届けします。

『歴史評論』の創刊は、戦後間もない1946年のことでした。つまり、今年は、『歴史評論』創刊70周年ということになります。あわせて、今年の12月号にて、通巻で800号を迎えることにもなります。現在、編集委員会では800号の企画に頭を悩ませているところではありますが、先輩たちが継続してきた『歴史評論』が果して来た史学史的な意義を意識しながら、800号は勿論、毎号充実した『歴史評論』をお届けできるよう編集委員一同努力してまいりますので、2016年もどうぞ宜しくお願い致します。

 さて、去る112829の両日、第49回歴科協大会が、明大駿河台キャンパスで開催されました。幸い好天にも恵まれ、多くの会員・読者の方が参加してくださいました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

 2016年はいよいよ大会も第50回の節目を迎えます。大会のテーマは、理事会兼全国委員会での議論を経て決定されますが、現在の諸情勢に内在する現代史的意義を見据えた、記念の年にふさわしい大会としなければなりません。会員・読者の皆様からも、積極的なご意見を歴科協までお寄せいただければと思います。

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